何でもない話

めずらしく、というか初めてアラシゴトに全く関係のないエントリーです。

小説を読みながら考えていたつらつらした事。

 

最近、保坂和志の小説をちょっとずつ読んでます。

初めて読んだのはまだ学生の頃で、『カンバセイション・ピース』という作品。内容は全然まったく覚えてないけど「何か良かったよな〜」という曖昧な記憶が残ってて。

でもその、内容を覚えてないとか、曖昧な記憶だけが残るってのがこの人の話のすごいところだなあと。


その後『カンバセイション・ピース』以外は読まないまま今に至って。つい最近、図書館で借りたい本が何もなかった時に、作家名だけ思い出して『季節の記憶』という本を借りました。

これがすごくすごく良かったです。

父と息子の、本当に何でもないことがつらつらと書かれています。その感覚がスーッと心に入ってきて、でも別に教訓的な押しつけも起承転結も何もなく過ぎていく心地よい感じ。

その波の静かさに結構衝撃を受けて、何冊かまとめて買ってしまいました。

  • 『プレーンソング』
  • 『草の上の朝食』
  • 『もうひとつの季節』

今は『プレーンソング』を読んでます。やっぱり淡々とさざ波も立つか立たないかくらいの穏やかな感じが心地よいです。昔から好きだった推理小説みたいに展開を次へ次へと追う必要もなく、淡々とページをめくれる感覚が、「なんとなく頭を真っ白にしたいな…」という今のわたしにすごくフィットするのです。昔だったらここまではグッとこなかったかもしれないなぁ。

でもそうやって頭を真っ白にして読んでると、いつのまにか自分自身のことをいっぱい考えてて。というか自然と頭に浮かんできて。普段「どうしよう…」と悩んでる重たい気持ちが、ふっと軽くなる感じがします。自暴自棄に「ま、いいじゃん」と思うんじゃなくて、「そういうものだ」とか「こういう心持ちでいれば何とかなるかも」って自然に思うことが出来て。

小説を読みながら、そういう感覚になれたのは初めてのことだったので、仕事投げ打って書いちゃいました。でへへ。

追記

先ほど『プレーンソング』読み終えました。最後の方でもう「これかああああ!」って…。
話の中でいつのまにかビデオをまわしてる、映画を撮りたい男の子が出てきて、その子が言うんです。
「何か、事件があって、そこから考えるのって、変でしょう?…(略)…そんなんじゃなくて。本当に自分がいるところをそのまま撮ってね。」
「はじめは小説書きたいって。さっきも言ったけど、そう思ったんです。…でも、小説って、何かないと書けなくて。ただ時間が経っていくって、書けなくて。」

ああ…保坂さんはそれを小説でやったんだぁって…。

何もない、ただ時間だけが経っていく空間。それを文字にすること。すごいことだよね…